ショパンの楽譜

 ピアノ音楽の王者、フレデリック ショパンの楽譜はベートーベンと同じく、作曲された瞬間から現代まで、膨大な数の版を重ねてきました。ベートーベンの場合と同じように、作曲家が意図した通りを再現する「原典版」の精神で校訂されたものもいくつかあります。しかし、残念ながら決定版はありません。

 

現在、最も信頼されているとされる、エキエル版とヘンレ版を比べても、数多くの違いがあります。音そのものやスラーの付け方など、誰でも聴いてすぐ分かるくらいの違いです。

 

ショパンポーランドが産んだ天才だからと、ポーランドの国家事業で編纂されたエキエル版が一番かというと、そうでもありません。ポリーニなど、名ピアニストのCDで、エキエル版で弾かれたものはあまりありません。

 

なぜこのようなことになっているかというと、ショパンが生前に出版された初版がドイツ、イギリス、フランスの3種類あり、それぞれ微妙に異なっていることがあります。底本をどれにするかで話が変わってきます。

 

また、ショパン本人が弟子の楽譜に書き残したメモや改変もよく保存されていますので、余計に話がややこしくなります。

 

誰でも昔から聞いている音楽ですから、いきなり新しい音が出てくると戸惑います。エキエル版が普及しないのにも理由があります。

 

たとえば、即興曲の4番「幻想即興曲」は誰でも知ってる名曲ですが、ショパンが出版を許可した作品ではありません。ショパンの死後、弟子で秘書のフォンタナが勝手に出版したいきさつがあります。

 

それが一般に流布していたのですが(フォンタナ版)、1960年になって名ピアニストのルービンシュタインがひょんないきさつで見つけた同じ曲が、フォンタナ版と相当異なっているのです。

 

ルービンシュタイン版はピースで出版されているほか、エキエル版、ペータース新校訂版では、正当とされています。実際に弾いてみると、こちらの方がやや難しいものの、より芸術的で、ショパンの天才がよりよく理解できるようです。

 

CDではルービンシュタインの演奏がもちろんこの版ですが、アシュケナージホロヴィッツはフォンタナ版です。

 

ショパンの楽譜では、20世紀一のショパン解釈者コルトー版、それに無難で見やすいヘンレ版、更には、ショパンの残した指使いが一目瞭然のエキエル版を見比べながら、自分の感性で選択していくしか方法が無いようです。

 

一つの楽譜だけということなら、未だにパデレフスキー版が健在です。

 

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