今日はまた楽譜の話を少々。
原典版=ウルテキストとは、作曲家が書いた通りを可能な限り再現した楽譜のことで、戦後のクラッシック音楽の世界で尊重されて来ました。ベーレンライターやヘンレが代表で、最近ではペータースも出しています。需要があるからでしょう。
一方、戦前から親しまれてきた楽譜の多くは、読者=演奏家にとって便利なように、表情記号、ペダル、メトロノーム、指使いなどを、オリジナルの楽譜に加えて校訂してあります。実際に弾ける楽譜を作るのが校訂者の腕の見せ所でした。これを実用版としましょう。
アマチュアのピアニストにとってどちらを選んだら良いかは明白です。前者では楽譜通りだと音楽にならないからです。原典版では(作曲家の意図を忖度して)演奏家が色々と工夫しなければならない。
ショパンの楽譜では、ヘンレやペータースの原典版よりも、エキエルやパデレフスキの実用版の方がよほど使いやすいです。より旧い、コルトー、フリードマン、ドビュッシーの版も優れています。ベートーベンのソナタでも、ベーレンライターやヘンレより、カゼッラやシュナーベルの実用版の方が良いです。
最近はバッハでも同じと思うようになりました。ヘンレやベーレンライターの無味乾燥な譜面ヅラに比べ、ブゾーニ版の方がよほど面白いし、様になります。表情記号、速度記号、ペダルなどが加えられており、作曲家の意図とは異なるかもしれませんが、現代ピアノで生き生きと再現されます。
問題は、校訂者の解釈が様々なこと。版により異なった音楽が出てくると言えましょう。しかしそれは、演奏家により多様な表現が可能なクラッシック音楽の宿命とも考えられます。
現代では作曲家が自分で演奏し、耳に聞こえる形で提供しますので、楽譜はなく、演奏家が介在する余地が少ないのです。
20世紀初めまではレコードやラジオなどの再現方法がなかったので、アマチュアの愛好家が自分でなんとか演奏することが多かったのでしょう。よって実用版の楽譜の需要が高かった。しかし、今ではCDなどで簡単に聞けますので、演奏はプロに任せてしまうことが多く、よって原典版が主流になったということでしょうか。
アマチュアの演奏家が原典版にこだわらなければならない理由はありません。
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