北前船

昨日のM.Sさんの記事にある「江差追分』は、江戸時代、北前船という定期運搬船の船頭が歌った歌らしいですね。ウィキによるともともとの発祥は、信濃追分(軽井沢付近)ということで、北海道江差といえば、函館から西北の日本海岸沿いですから、日本海にあった定期航路ということになります。

動力船の無かった江戸時代、海運は多分風任せ、海流任せだったでしょう。幸い、日本海では東へ向かう対馬暖流と西へ向かうリマン寒流がありますので、航路を選べば、容易に信州と北海道が往復できたのでしょう。

もっともっと昔から、日本海は海洋交通の盛んなところで、だからこそ、古代文明日本海側に花咲いたのでした(出雲、丹後、白山など)。

朝鮮半島から海流にのって漕ぎだすと、西は出雲、東は秋田の間のどこかに自然と漂着するそうで、昔の人は簡単に渡ってこられたのです。

江差追分では、海難事故も多かったであろう当時の人たちの「ほっと一安心」といった気持ちが伝わってきます。

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