ベートーベンの楽譜

最近友人とクロイツェルソナタ(バイオリンソナタ9番)を練習する機会がありましたので、この際と、ピアノソナタにもちょっと真剣に取り組むことにいたしました。私は自分で勝手に弾いているだけですから、いい加減に済ませている部分が多く、反省したのです。

手始めに、楽譜を読むことからいたしました。従来手元に置いていた楽譜はいわゆるウルテクスト(原典版)とされる、ヘンレ版(コンラッド ハンセン校訂)でした。また、実用版とされるクラクストン版(全音)もありました。更に、同じく原典版のペータース(クラウディオ アラウ校訂)、実用版と原典版の中間くらいのブライトコプフ(フレデリック ラモンド校訂)および中巻だけですがクルチ(シュナーベル校訂)と5種類を揃え、比較検討してみました。

これら以外でも、ベートーベン演奏の先駆者ハンス フォン ビューロー版(米シャーマー社)やコルトーが薦めるカゼッラ校訂版(伊リコルディ)など気になる版はまだまだあります。

世の中には「原典版信仰」があります。作曲者が書いたマニュスクリプトから初版にいたる初期の形で誤りを正し、できるだけそのままがよいとの考えです。演奏者はそこから自分の解釈を編み出すが、なるべく作曲者の意を尊重しなければならないと。

しかし、実際の演奏は一つとして同じにはなりません。演奏者の技術レベル、感情移入のくせ、性格などが反映されてしまいます。そこをどう折り合いをつけるかが問題なのです。

我々素人が原典版にこだわると、とんでもない誤りをしてしまいます。例えばペダル(ここでは右側のダンパーペダルに話を限定)。原典版ではペダル記号が少ししか入っていません。ここというところは、ベートーベンがペダル指示をしているのですが、それ以外の部分で踏むのやら踏まないのやらがわからないのです。

ベートーベン自身はペダルを多用したとの報告があります。ピアノソナタ32曲すべてで、ゆっくりな楽章は、レガートのためにペダルを使うのはほぼ常識ですが、原典版楽譜ではそうなっていません。

原典版では指示された場所以外でも、自分で工夫してペダルを付けなければならないのです。ペダルを踏んではいけないところもあります(例えば、月光ソナタ3楽章の上昇する分散和音)。また、和声の変化を無視して踏み続けなければならないところもあります(ワルトシュタインソナタ3楽章冒頭など)。

実用版の、クラクストン版とシュナーベル版では、踏むべき場所にちゃんとペダル記号が付けられているので助かります。

ベートーベンのソナタを学習するには、原典版と実用版を少なくとも一つずつは持ってなければならないようです。実用版を主に原典版を参照するというスタイルでよいでしょう。

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