ショパンの演奏

ショパンは自作品をどんな風に演奏したのでしょうか。現代フランスのショパン研究家、ジャン=ジャック エーゲルディンゲルの「弟子から見たショパン」や「ショパンの響き」、あるいはショパンの弟子の一人で貴族の男性、ウィルヘルム フォン レンツの著作などにより、ある程度窺い知ることができます。

 

まずショパンの音楽的趣向についてですが、ショパンは同時代のパリを席巻していたベルリオーズ、マイアベアー、リストなどはあまり評価しておらず、「ただただうるさくて、オーケストラ楽器の音色の変化に頼っている」と述べています。オペラではベルリーニのアリアに憧れました。

 

「作曲家の手本はドイツ」と述べ、バッハとモーツァルトを崇拝していました。特にバッハについては、ジョルジュサンドとマヨルカ島に逃避した時、持っていった唯一の楽譜がバッハの平均律曲集第一巻だったのは有名な話で、影響されて、前奏曲集全24曲を作曲しました。

 

「作曲の基本は対位法と和声学にある」ということで、旋律の展開、半音階的進行など、バッハの影響を強く受けています。「モーツァルトは対位法的だから素晴らしい」とも述べています。意外な見解です。

 

ショパンは曲の途中でテンポをゆっくりしたり、速くしたりと、柔軟にテンポを変化させました。また、いわゆるテンポルバートといいますか、歌手がカデンツァでテンポを引き延ばす様子をピアノで真似して、実際の楽譜にも記載しました。

 

ノクターンやアンダンテ(スピアナート)における右手の装飾音がその典型です。ここでは、当然、テンポは引き延ばされなければなりません。バロック時代のルバートとは異なります。

 

8小節ごとに歌手がブレス(息継ぎ)をする如く、ピアノでも柔軟に対処すべきとも述べています。厳格にテンポを守って機械的に弾くのはもっともショパンにふさわしくないことです。

 

ショパンのリサイタルでは、音は小さく、テンポが変化したのでオーケストラとの共演が難しかったとのこと。1回のリハーサルで本番に臨むなど、とても無理でした。

 

これらの事実をそのまま反映して、実際にショパンを演奏するとどうなるか。素人臭い演奏になってしまう危険性があるので、なかなか難しいです。

 

CDで出ているプロの演奏家の中では、例えばフランスのサムソン フランソワの演奏がショパン的ではないでしょうか。ピアノ協奏曲1番作品11で、オーケストラ序奏のテンポとは全く異なる、ゆっくりしたテンポでピアノが入ってくるところなどです。もしかすると、フランソワはショパンの演奏伝説を意識していたのかもしれません。

 

昔は好きだったユダヤ系のルービンシュタインホロヴィッツは誇張が耳につき、ロシア系のリヒテルやギレリスは一本調子過ぎて全くショパン的ではありません。アシュケナージポリーニ以降のコンクール覇者も技巧は完璧ながら、ショパンのイメージとはちょっと違います。

 

意外にも、ドイツ系のバックハウスやケンプ、グルダショパンは録音数こそ少ないもののお薦めです。ケンプとグルダの「舟唄」ではショパンの指示に忠実なテンポ変化が見られます。

 

バックハウスショパンの練習曲全曲を初めて録音したピアニストです(1929年)。今聴いても素晴らしい演奏で、こんなことなら、晩年にベートーヴェンばかりではなく、ショパンももっと録音してくれていたらと悔やまれます。

 

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